みづくくる 一六八 十 一六八  【HIROYA to IROHA】

絞り染色作家藤井裕也ブログ【みづくくる~ひろやといろは】。 水くくる=絞り染めの意。一六八=ひろやと物事のいろはを掛け合わせ題しました。

22)詩書画印の四絶

久しぶりの更新になりました。

ブログで綴りたい内容なので備忘録も兼ねて書いてみたいと思います。

書法永字八法とは万字に通じる書を学ぶときの基本はあまりにも有名ですが、「永」の字の漢字の点と画をばらばらにし、横画・縦画・払い・止め・はね・折れなどの基本点画を分けます。

ご縁があり、16、7年前に当時中京区の東洞院三条に教室を構えられていた篆刻家で書家の鮟鱇屈・水野 恵(みずの けい)先生のもと永字八法のその変化を併せた基本点画二十四法を約2年かけて学びました。

例えば「丹」「主」の「ゝ」は
の様にひたすら筆を潰してでも訓練を重ねて字の成り立ちを覚える習得法です。

懸腕直筆を基礎に廻腕執筆法にという90度の角度の筆の使い方も徹底して学びました。

水野恵先生は、先生のお仕事で有名な近江八幡たねやさん「種屋末廣」のお菓子のほとんどの揮毫やCLUB HARIEの看板のロゴ、題字制作、奈良の元興寺の大和古印書体の印の製作、
富岡鉄斎橋本関雪の印譜集などを手掛けられたり、奈良県天川村の新社殿に納める天河弁財天社の棟札を神託により使者が訪ねありしたためられたこともあるそうです。

こちらの写真は辵璽林(ちゃくじりん)という先生、門下生の作品展「辵展」に4〜5回出展させていただいた際のお題における僕の書いた点画二十四法の軸と楷書の軸。

お稽古をスタートしてからほどなく染色作家デビューがありその時期から出張が増え、その時点で水野先生の元の書のお稽古は楷書でストップ、篆刻にはもちろん進めませんでした。
ですが、竟山流(きょうざんりゅう)の系譜にある書や点画の基礎、その背景を学べたことは字の優劣やレベルはともかく、詩書画印を観る上で僕の感覚の基礎になってますので本当に有難い。
詩書画印の四つ揃う者を四絶と呼びますが、およそ工芸の世界に遊ぶ者は至らないまでも四絶を何時も考え感じてこそだと思えるようになっただけでも大切な指針です。

竟山流の山本竟山は岐阜に生まれ台湾から明治末期の京都に腰を据え日本書道界の重鎮、日下部鳴鶴など学び、のちに六朝風の格調ある楷書で名を馳せ流派を開設し比叡山延暦寺の「根夲中堂」「大谷本廟」「豊国神社」など揮毫。京都に於ける有名社寺の門標の大字はほとんど竟山の筆によるもので神道闇齋学にも通じていたそうです。井上西山、木村陽山以降、徒党化の動きがなく今はほとんど途絶えた感のある流行りのない流派です。


最近、詩書画印を愛する仲間が増えていることは個人的に本当に嬉しく思っております。